小論文指導のイロハ

ここには、生徒たちを指導する現場の先生方を念頭に、添削や小論指導に役立ちそうな情報を載せるつもりです。

 

入試問題の予想の仕方と対策

入試の準備をしている生徒に指導をする際、指導者が予想問題を出題してあげることがあると思います。

もちろん、現代社会の根本的な課題や基本的な問題をテーマに練習させることがまず大切です。どのような出題であっても、しっかりとした内容を書けるようになるためには、例えば、グローバル化や少子高齢化など、基本的な現代社会の特徴は理解して押さえておくべきです。そして、予想はもちろん、外れることがある。いや、むしろ当たる方が珍しいと思ったほうが良いでしょう。

でも、できれば本番に近い出題をしてあげたいですよね。私は、自慢ではありませんが、よく生徒に「先生!先生が出してくれた問題とそっくりの出題でした。おかげで、何回も練習していたのでバッチリでした。」なんて言われることがありました。これには、いくつか秘訣があります。
  • 最大の秘訣は、出題者の立場に立って予想する、ということです。
まず、その大学なり短大なりの過去問を入手させます。その過去問を練習させている間に、その学校の出題者が何を求めているのかを分析します。
例えば、ある短大は毎年必ず設問(1)は評論文の読解問題を出したあと、(2)でそれに関連した小論文を書かせるという出題です。この学校では、まず読解力を見たいのでしょう。経験上、(1)を外した生徒はだいたい受かりません。そこで、この学校を受ける子にはまず、評論文や新聞記事の読解や要約をさせてから、そのテーマやキーワードに関連した小論文を書かせるようにします。
例えば、新聞記事から出題している大学は、その記事に共通する特徴はないかを分析します。テーマや取り上げられる記事の共通点はないか、いつ頃の記事を使っているか、データが必ず入っているとか、数年間テーマが似ているなど。
課題文型なのか、テーマ型か、はたまたデータ型なのか。
そして、過去問から、その学校が受験生にどのような力を求めているのかを予測します。
字数制限や時間制限は過去一貫していれば、それがその大学の入試における試験にさける時間的制約や書かせたいサイズなのかもしれません。
とにかく、問題予想するには、自分が出題者だったら…と考えながら過去問をよく研究することが肝心です。
また、入試問題における出題ミスは学校の評価を下げることになります。したがって、問題作成は直前にはまずやらない。作成してから慎重に見直す時間が必要です。この制約から、少なくても二つのことが言えます。新聞記事や時事問題は、入試の半年前くらいまでのものが出やすい。そして、状況が変わる可能性があるテーマは出題しにくい、ということです。したがって新聞記事の切り抜きをさせるなら受験の半年前までのものを中心に取り組ませるべきでしょう。準備が遅かった場合、図書館にある縮刷版を活用させるのも一つの手です。webから取る場合は、有料会員でないと過去の記事の入手はまずできません。
それから、例えば政治的な思想信条が問われやすい出題は難しいということです。憲法改正の賛否など、聞きたくなるテーマですが、採点官の考え方によって評価に影響が出そうで難しい出題と言えそうです。しかし、このテーマで出題した大学を前に見たことがありますから、全くでないとは言い切れませんが…。
  • 次に、その年の社会での出来事やここ数年で問題になっているテーマの中から、出題したくなる問題を予測する。
やはり、時事問題には日頃から関心を持っておく必要があります。例えば、トランプ大統領の誕生が今、話題ですが、(これを書いているのは2017年の冬です。)そこから、例えば自由貿易か保護貿易か、であったり、内向きな世界、グローバル化と反グローバル化など、さまざまな出題したいテーマが浮かんできませんか?
私は今、トランプ氏が「パリ協定」離脱を表明していることから、地球温暖化の世界的な枠組みがやっと生まれようとしているところに不安材料が生まれたと感じます。ストレートに出題するかどうかは、時事的すぎる場合、入試までに状況が変わる可能性があるので難しい。そうなると、もう少しオーソドックスな形で地球温暖化について出題するかもしれません。
格差社会が近年よく出題されていました。しかし、ここのところ格差の問題は「子どもの貧困」や少子高齢化と絡めて所得の再分配機能の逆転現象による格差拡大などへ問題が深化しているように見えます。入試の出題テーマのトレンドを読むことはなかなか難しいですが、指導者が常に学ぶ姿勢が必要です。しかし、そうした分析を我々に代わってしてくれる業者もあります。全国の大学入試問題の分析などは、受験産業や教育系の出版社などの持っている情報量や専門的に分析している業者にはやはりかないません。先生方には、毎年、小論文研究の講演会や学習会のお誘いがあると思います。そうした機会を活用することも大切です。
  • 学部の内容と過去問の傾向から予測する。
ある難関大学のある学部の過去問を調べたら、「言語」「異文化」「グローバル化」の三つのテーマでほぼ3年周期で出題が似ていることが分かったことがあります。この三つは、外国語を学ぶその学校のその学部から見ても自然なテーマです。外れることももちろんありますが、この三つのテーマを少しずつ問いの形を変えながら練習を繰り返し、その時の受験生は合格しました。やはり、学部の内容と出題テーマは深く関連しています。入学後にその学部で学ぶ素養を見たいわけですから、全く畑違いや無関係なテーマは出題しにくいはずです。
そこで、受験生に勧めるのは、自分が受験する学部の内容に関連する新聞記事のスクラップ作りです。生徒が自分でスクラップしたものを、先生に見てもらい、その中から課題文型やテーマ型の問題を出してもらうと一層効果的な対策になります。

小論文形式を倫理の授業でやってみた。(1)作成中です…

何かのテーマについて授業のなかで小論文を書かせたい。そう考えたとき、一つ大きな壁にぶち当たった。

それは、担当している生徒数の多さだ。授業で小論文を書かせ始めたころ、私は約320人を教えていた。

放課後に添削し始めても、終わるはずもなく、残ってしまった小論文の解答の束を抱えて、喫茶店にこもり(当時は、生徒の答案を持ち出せた。もちろん、失くせば不祥事だが…)赤ペンを握りしめ、添削をする。いや、時間が足りない。そのうち、思いついた。「あ、そっか。生徒が授業中に答案を書いている時間がある。」そこで、前のクラスの答案に赤ペンを入れることにした。しかし、これでも追いつかない。そもそも、授業中は生徒があれこれ聞いてくるから、集中できない。生徒が目に入らないほど集中すれば、今度は教師としての監督責任を問われてしまいそうだ。

そこで、正解がないから時間がかかるんだ!と思いついた。正解がある小論文。しかも、AとかBとかCなんて評価と一言コメントだけ書いて返せばいいのでは?

 

最初にやったのは、倫理で思想家の授業をしている時だった。「もしも、この思想家が、〇〇について、次のような形式で小論文を書いたとしたら、どのような小論文を書くか? 次のキーワードを用いて、できるだけ簡潔に書け。」これだ。これなら、きちんと授業を理解してくれていれば、みんな同じような解答になるはず。

 

実際の例

もしも、エピクロス(ヘレニズムの思想家:快楽主義)が、幸福になるにはどのように生きるべきか?について、次の形式で小論文を書いたとしたら、どのような小論文を書くか? キーワードは「アタラクシア(心の平安)」「隠れて生きよ」)

 

形式 (序論)幸福とは何か?

   (本論)幸福になるには、どうすればよいか。

       その理由は何か。

   (結論)結局、どう生きればいいか。

 

解答例    

    幸福とは快楽である。人生から快いことや楽しいことを全て抜き去り、苦痛と不快だけが残ったとして、その人生を幸福だったと言える人はいない。ただし、真の快楽とは、永続的・精神的な快楽である。

    それを私はアタラクシア(心の平安)と呼ぶ。

    アタラクシアを得るには、自然かつ必要な欲求のみをもち、不自然で不必要な欲求を持たなければよい。

    したがって、隠れて生きよ(社会から距離を置け。親しき仲間との友愛のなかで質素に生きよ。)

    なぜなら、社会は不自然で不必要な欲求を引き起こす誘惑に満ちているからだ。

 

次は対称的なストア派のゼノン(ヘレニズムの思想家:禁欲主義)でやってみよう。キーワードは「アパテイア(不動心)」「自然に従って生きよ。」

 

形式はエピクロスのときと同じである。

 

解答例

              幸福とは、何ものにも惑わされない心の状態である。そのためには、禁欲が肝心である。

              禁欲とは理性によって情念を克服することである。人間の自然である理性に従うことで、情念に動かされない不動心、すなわち「ア・パテイア」を得ることができる。

    したがって、自然に従って生きよ。なぜなら、理性とは、人間における自然であり、自然を貫く普遍的な理法を知るものだからだ。普遍的な理法を知る理性の声に従うことで、情念を克服し、不動心(ア・パテイア)を手に入れることができる。